惜別

2010年11月3日 音楽 コメント (2)
惜別
一昨日、10年前に一緒にバンドをやっていたギタリストが急逝した。昨日お通夜だったんだが、お経の代わりに彼のブルースが流れ、彼のギターや写真が飾られて、音楽葬の様な形で彼の亡骸を囲み別れを惜しんだ。先週電話で近況を報告し合い、REC仕事を来月依頼する話をしたばかりで、再会をとても楽しみにしていただけに、亡骸を前にして悲しみと淋しさだけが込み上げてどうしようもなかった。

5歳でピアノ、10歳で洋楽にハマり15歳で単身渡米。19歳の頃には既にブルースロックギタリストとしてレイボーンばりのギタープレイと青々しいボーカルがとてもかっこ良く完成されていた。そう言う意味では数多のレジェンドプレーヤーと同じく、ちょっとばかし生き急いだのかもしれない。出会ったのは彼が26、俺が28歳の時。吹田のYOUで初めてのリハーサル時、初対面且つ歳下のくせにいきなり俺を「ラリー!」と呼び捨てにして握手&ハグするアメリカンスタイルで面食らったのを覚えている。当時から同い年や年上からも「さん付け」で呼ばれるのが日常だった自分にとって貴重な友達だった。ちょっと天然で可愛げがありつつも、とにかくマインドが素晴らしい奴だった。音楽の趣味も多才で振り幅が広く、マイルスのフィルモアイーストも、ペットサウンズも、ラストワルツも、トリッキーもディアンジェロも、ドイルブラムホール2世も...それらの魅力は当時みんな彼から教わった。

丁度つるんでた頃、親父さんの事業失敗から家族離散の憂き目にあいつつも、自身は音楽を粘り強く続け、5年くらい前よくマザーシップにも遊びにきていて、一緒に曲とか作ってたのを思い出す。その後に、再びお袋さんと一緒に住めるようになったと嬉しそうに電話で無邪気に言っていたのがとても強く心に残っている。今は気持ちがしんど過ぎてとても聴く気にはなれないが、その頃のデモ音源が今でもパソコンに残っている。

もうすぐ最後のお別れが始まる時間。店があるので行けないのが心残りだが、出棺予定時間には10年前に一緒に作ったCDを爆音でかけて気持ちで送ってやろうと思う。

ありがとうな、なかじー。
またいつか一緒にやろう。合掌。
http://ameblo.jp/mylespaul/


11/3/12:44

コメント

nophoto
BP
2010年11月3日17:37

そうだったんですね。
その方も予期せぬ旅立ちに驚いている事でしょう。
誰も自分の寿命を決める事は出来ない儚さゆえ、とてもつらいことです。
でも、きっと悲しんではいけないのでしょう。
その方をいつも忘れないで、思い出を大切にしてあげてください。

マザーシップスタジオ
2010年11月3日17:59

そうですね。恐らく本人が一番びっくりしてるんだと思います。残されたものは寂しいですが前向かないと駄目ですね。有り難うございます。

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